「古代氏族系図」の仕組み

「古代氏族系図」は以下に述べる(1)から(7)の仕組みにより作られている。ここではそれらの一例を挙げて、その概要を示したい。

(1)同一系図の繰り返し

 日本の国史は「紀伝体」で伝えられて来たから、系図が国史に倣って作られた場合、次の様な「同一系図の繰り返し」は当然起こり得る。

『先代旧事本紀』(天孫本紀)の『尾張連系図』

※下記の系図は『尾張連系図』の部分であるが、「天孫本紀」の「文章系図」を「系線系図」に改めたものである。

  (兒)     (孫)        (三世孫)         (四世孫)

この系図は、(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)の三つの別々の系図が結合されたものである。この三つの系図の神・人名は、国史を検証してみると異名同神・人である。

 即ち、「天忍人命=天戸目命=瀛津世襲命」

    「天忍男命=天忍男命=建額赤命」

    「忍日女命=世襲足姫命」であるから、同一系図が三回繰り返されていることになる。

 このように「同一系図の繰り返し」は「異名同神」で行われるが、「天忍男命」のように同名で繰り返されることもある。

 ただこの系図の場合は、(Ⅱ)「天戸目命」の譜に「天忍人命之子」、(Ⅲ)「瀛津世襲命」の譜に「天忍男命之子」とあるから、作図としてはこれで誤りではない。しかし、両者の史実の父は「天忍人命」や「天忍男命」ではないのである。それにも拘わらず、なぜこのような譜が必要だったのかと云えば、この系図は国史と同様に「紀伝体」で作成されているから、国史と同様の万世一系的に読ませようとしたからであろう。要するに、国史全体の史実検証からは、三つの系図が結合されたものと判断されると云うことである。

(2)異名同神の列挙

 ①(1)の「同一系図の繰り返し」は「異名同神」で行われるから「異名同神の列挙」とも云える。

 ②『尾張連系図』

   六世孫。建田背命。神服連・海部直・丹波國造・但馬國造等祖。

     次、建宇那比命。此命城嶋連祖節名草姫[爲妻]生二男一女。

     次、建多乎利命。竹田連・若犬甘連等祖。

     次、建彌阿久良命。高屋大分國造等祖

     次、建麻利尼命。石作連・桑内連・山邊縣主等祖。

     次、建手和邇命。身人部連等祖。

     妹、宇那比姫命。

『尾張連系図』の六世孫は、「系線系図」に改めれば兄弟のように解される(建宇那比命と宇那比姫命は明らかに兄妹である)。しかし実態は(「宇那比姫命」を除けば)、「建田背命」が亦名で列挙されたものと思われる。それは恐らく、人名の下に掲げられた各氏族が、自氏の祖神をこのような亦名で呼んでいたからであろう。国史の編纂では、このような諸家の伝承が標準化されることなく、諸家の伝承のまま登録されたのである。 

③『大伴連系図』には次のような系図がある。

  ―― 道臣命 ―― 味日命 ―― 稚日命 ―― 大日命 ―― 角日命 ―― 豊日命 ――

この系図も、譜を検証してみると「異名同神の列挙」と判断される。この例は極端なものであるが、「古代氏族系図」には多かれ少なかれ、このような手法が用いられているのである。

(3)異なる神系の連結

 神々には「天津神」「国津神」等のように神系が存在する。『尾張連系図』の「天香語山命」は、「天火明命」の児だから「天孫系」の神である。その「天孫系図」に突然「天村雲命」と云う「天神系」の神が連結されている。(「天村雲命」を「天神系」と云うのは、父が「豊受大神」だからである。「豊受大神」は『尾張連系図』で云えば「天忍人命」の亦名だから、この系図上では世孫が逆転している)従って、「天村雲命」は「天香語山命」の児ではあり得ない。(「天村雲命」の母も「天香語山命」の娘ではない)

 要するに「古代氏族系図」では、このように史実の親子ではないのに、親子として繋がれる場合がある。その場合「異なる神系の連結」が多いのであるが、それは、その氏族が成立した神系の結合関係を表示するための手法であったと思われる。言い換えれば、父系を中心に書かれる習慣であった系図の中に、母系を書き込むための手法であったことになろう。

 「古代氏族系図」に限らず国史の神系を完全に解読するためには、この父系中心で書かれた系図の中から、いかに母系記録を抽出できるかが勝負となるであろう。

(4)義理の児の連結

 『尾張連系図』の中の「天村雲命 ―― 天忍男命」と云う連結は、史実の親子関係ではない。(「天忍男命」の史実の父は「天村雲命」ではない。)しかし、この連結は「義理の児(娘婿)の連結」なのである。

 この系図では、「天忍男命」の妻として「葛木土神劔根命女賀奈良知姫」を挙げる。この「賀奈良知姫」の父「葛木土神劔根命」とは「天村雲命」の亦名である。即ち、「天忍男命」は「天村雲命」の「義理の児(娘婿)」となるのである。

この系図における連結関係は、決して偶然出来上がったものではなく、『尾張連系図』の作者は「義理の児(娘婿)」の関係を理解していて作成したはずである。それは「義理の児の連結」は、「古代氏族系図」特有の作法ではなく、国史や風土記や「家記」の記述等にも普通に用いられているものだからである。例えば「素戔嗚命の児大歳神」等と云うのも、史実の「大歳神」は「素戔嗚命」の実子ではなく娘婿である(『紀伊国造系図』等がこの例)。これ等「実子・義児」の判別には、国史全体の解読(母系の解読)が求められることになろう。

(5)異父又は異母を省いて児を列挙

 『尾張連系図』(Ⅰ)の三神「天忍人命・天忍男命・忍日女命」は、同父の三兄弟である。しかし、「天忍男命」は異母の児である。このように「古代氏族系図」では父母の名を省き、異父母の神を列挙する場合が多い。

従って、国史の神系を確立させるためには、この隠された異父母を確定させる必要がある。そのためには、(4)項で述べた「母系」の検証や、「紀伝体」として重複している皇代系図との対照が必要となる訳である。

(6)夫婦を兄弟のように記載

 「思兼神」の神系を『先代旧事本紀』は次の様に記す。

  (神祇本紀)  高皇産霊尊児 思兼神。

  (天神本紀)  高皇産霊尊児 思兼神妹 萬幡豊秋津師姫命。

  (天神本紀)  八意思兼神児 天表春命。次、天下春命。

 この記述をそのまま「系線系図」に改めれば次の様になろう。

この系図は「古代氏族系図の仕組み」に拠るものだから、その意味では誤りではない。しかし、史実系図ではない。

 ここに示した『先代旧事本紀』の記述に拠れば、「高皇産霊尊」には二人の児があることになる。しかし、史実の「高皇産霊尊」の児は「萬幡豊秋津師姫命」一人なのであって、「思兼神」は「高皇産霊尊」の実子ではない。それではなぜ「思兼神」が「高皇産霊尊」の児とされるかと云うと、「萬幡豊秋津師姫命」が「思兼神」の妻だからである。即ち、ここには(4)項の「義理の児の連結」が発生しているのである。従って、「思兼神」と「萬幡豊秋津師姫命」は夫婦でありながら、共に「高皇産霊尊」の児であるという表現になってしまうのである。従って、この系図を史実系図に改めれば次の様になる。

但し、厳密に云えば、この系図も史実系図ではない。「天表春命」は「萬幡豊秋津師姫命」の児ではないから、ここに(5)項の「異父又は異母を省いて児を列挙」が発生しているのである。

(7)婚姻の禁忌(タブー)

 この項は「古代氏族系図の仕組み」ではないが、「古代氏族系図」を解読するための重要な判断基準となる事柄であるのでここに掲げておく。

記紀の物語や古代氏族系図に於ける「婚姻の禁忌」は次の二通りである。

   ① 親子の婚姻。

   ② 同母兄弟の婚姻。

①は、『古事記』(仲哀天皇)に「上通下通婚」(おやこたはけ)、『祝詞』(六月晦大祓)に「己母犯罪・己子犯罪」(おのが母犯せる罪・おのが子犯せる罪)とある。

②の兄弟の場合では、同母兄弟の結婚はタブーであったが、異母兄弟の結婚は普通に行われた。母や妻の正体を検証する場合には、この原則を用いればかなり絞り込みが可能となる。

 

 以上「古代氏族系図の仕組み」の概要を述べたが、それぞれの項の詳細は『日本古代史の実像』の続編「解読編」に譲らざるを得ない。しかし、このように「古代氏族系図の仕組み」を列挙してみると、その仕組みは国史の記述の仕組みとまったく同一であることを、改めて知ることが出来た。「古代氏族系図」が諸家の「家記」そのものであり、国史がその「家記」の集成であることを思えば当然の結果ではある。このように「古代氏族系図」は、その仕組みが解明出来れば、偽作・仮託どころか、国史解読には欠かすことの出来ない史料であることがご理解願えたであろうか。

 古代の社会は、「多夫多妻制」であったようである。しかし、従来の研究でそれがあまり話題に上らなかったのは、「異名同神」で記述され、別神のように見せかけられてきた為であろう。本項は「古代氏族系図の仕組み」の概要を説明することが目的であったから、「異名同神」の検証には深入りしなかった。従って、読者の皆さんには半信半疑の部分も多かったであろう。しかし、このように「古代氏族系図」が解読できるということは、「古代氏族系図」のみならず、国史を解明するための要点が、「異名同神」の解明であると云う点はご理解いただけたと思う。

国史には、「八百万の神」と表現されるほど多くの神々や人物が登場する。しかし国史を検証してみると、「八百万」がすべて固有の神ではないらしい。国史の根底には、「基本系図」とでもいうべき一つの「神系図」が存在していて、「八百万の神」は「異名同神」として、すべてこの一つの「基本系図」に集約できることが明らかとなってきた。この「異名同神」が集約された「基本系図」により、日本の古代史は明瞭に姿を現すのであるが、引き続き執筆中の『日本古代史の実像』の続編「解読編」は、まさに「異名同神」の検証編となる事であろう。

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