古代史と神社(2)

                                国史大系より延喜式巻第九

神社の基本条件

 神社は古代氏族が祖先を祀った祖廟であるから、本来次の三つの基本条件を、必ず備えているものである。そして、これらの条件が個々ばらばらに存在することはないのである。

 神社の基本条件

   (一)神社名         

   (二) 祭神名

   (三) 祭祀氏族名(社家)

 (一)の神社名は、神社を表す固有名詞であるから、三つの基本条件の内では、昔から今日まで比較的よく保存されてきた。しかし、必ずしも不変のものではなく社名が変更された例もあるが、その場合も基本条件と無関係に変えられてはいない。

 神社名の由来については、従来、地名・祭神名・氏族名・語源不明などと分類されてきた。しかし、祭神名や氏族名は、古代の地名に因むものであるから、神社名とは結局は地名により名付けられたものであることになる。語源不明とされたものも同様に考えてほぼ間違いないであろう。

 但し、間違えてはならないのは、神社名とその神社の鎮座地名が同一だからと云って、神社名がその鎮座地名により名付けられたと考えるのは誤りである。そうではなく、先に神社名があって、その神社名により鎮座地名が定められたのである。これが古代史を解明するための鍵である。(「古代氏族」とは、「大和国」統一の為に、地方に派遣された侵略者達であったことを認識すべきである。)

 (二)の祭神名は、社家の祖神である。祭神名は本来の神名が失われたり、伝承が途切れたりしてしまった神社も多い。中世以降、祭祀氏族の没落と共に、神社が荒廃した時代があった。保護者を失った神社が、祭神名を失ったのはやむを得ない事情であろう。しかし、神社の祭神名に不明瞭な場合があるのは、それだけの理由によるものではないらしい。

 『延喜式』神名帳では、一部に祭神名を注記する他は神社名しか記載しない。後の時代に作られた諸国の神名帳も、神社名か明神号が記載されるだけである。このように古文献を見るに、神社の祭神名を明記してあるものが少ないのはなぜであろうか。それは、神社が祖先を祀った祖廟である、という性格に起因するためと考えられる。即ち、祖先とは、始祖以来、氏族を形成・継承してきた複数の神々がいるのであり、祖廟とは、それらすべての祖先神が祀られるべきものだからである。(このことは、祭神に対して諸説が生まれる一因ともなっている。)いずれにしても、古代においては神社名を明示すれば、氏族の血統は表示することが出来たということであろう。

 神社の中には「二座・三座」等、祭神数を指定している場合がある。このため「祭神数の指定がない神社は一座である」と云う説が生まれたが、「神社祖廟説」が認められれば「一座説」は成立しない。「二座・三座」等複数の祭神を指定する神社には、その神社固有の歴史が存在するのであろう。(例えば、座数がその氏族成立に至る、神系の数を表す場合もある。)

祭神が神社名になっている場合も、固有の神を祀ると云うよりも、氏族の代表神を称したものと考えるべきである。なお、神社名になっている祭神名の中には、記紀に記載されない神名の場合も多い。だからと云ってこれらの神々が、古来その地に土着していた神々であると考える説は誤りである。土着の被征服者が『延喜式』神名帳に登録されることはあり得ない。これらの神名は、記紀の神々の氏族伝承による異名同神であることを実証できる。

 (三)の祭祀氏族名(社家)については、神職の世襲制は明治維新以後、公には廃止されたのであるが、今日でも社家と呼ばれる世襲の神職が祭祀を行っている神社も多い。このような世襲神職が、本来の神社祭祀の形態を伝えている。社家は歴史的に見れば、始めはその土地の領主であり、政治と祭祀とを共に掌っていたのであるが、統治制度の変化により、神社祭祀のみを職とする神職になったものである。従って、社家がその神社の本来の祭祀氏族であるなら、その神社の祭神は、必ず社家の祖神であるという関係にある。

 このように神社の三つの基本条件は、密接な関係を持って存在しているのであり、それらが個々バラバラに存在することは決してない。従って、この三つの条件を明らかにすることが出来れば、それぞれの神社本来の姿を明らかに出来ると同時に、古代国家成立のための地方経営の解明、という分野へ足を踏み入れることが出来ることになるであろう。

 明治維新では、国家神道と位置付けられた神社も戦後は国家管理を解かれ、「神道」という宗教組織としてのみの生存を計らなければならないことになった。新憲法は、政教分離を厳しくうたっている。このため、宗教と規定された神社は、国家神道時代とは別の意味で、歴史研究の対象となりにくい雰囲気と環境に置かれることになってしまった。しかし、神社やその祭神の起原を明らかにすることは、古代国家成立の歴史を究明することそのものである。古代史研究は、神社研究を除外しては成立し得ないと断言できる。従って、現状では宗教の独占状態にある神社を、歴史学も共有しない限り、日本の古代史に夜明けは来ないであろう。

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