昔の常識と現代の常識をつなぐ架け橋

従来の文献批判の結論は、我々現代人の思考に合致するものであり、現代的常識として

違和感はなかった。手法としての文献批判は正しかったと云えるであろう。

しかし、この現代的常識に支えられた文献批判一辺倒で古文献を解読しようとしたところに、

間違いがあったのではないだろうか。

考えてみて欲しい。古文献を著した昔の人々は、現代的な意味における科学や合理主義などは

まったく与かり知らぬことであった。そのような現代の常識とはまったく無縁の世界の中で

成立した古文献を、現代の常識一辺倒で解釈して、果たして昔の人々の真意を読み取ることが

可能なのであろうか。

拙論は、「現代の常識」による文献批判の結果指摘された矛盾を、偽りとして切り捨てるのではなく、

矛盾の生じる原因を究明することにより、そこから「昔の常識」による歴史の記述手法を

再現しようと試みたものである。合理的思考法や統計的思考法は、その過程においてこそ、

絶大な力を発揮するものであった。

本書で述べた「古代史解読の手法」とは、「昔の常識」と「現代の常識」を繋ぐ架け橋、

古代の記録手法を現代の常識として甦らせるための翻訳手法であると云うことができよう。

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